大きさは4-5mmぐらいで甲状腺の周囲にあり、副甲状腺ホルモンをつくる臓器です。多くの人は4つ持っていますが、3つあるいは5つ以上もっている人も稀ではありません。ここでつくられる副甲状腺ホルモンは血液中のカルシウム濃度を一定の範囲内に調節しています。健康な人では、血液中のカルシウムが減ると、副甲状腺ホルモンが増加します。そうすると、骨に蓄えられているカルシウムが血液中に溶かし出されてカルシウムが正常な濃度にもどります。
副甲状腺機能亢進症とは、血液中のカルシウムが正常またはそれ以上あるのに、副甲状腺ホルモンが必要以上につくられる病気です。そのために、骨の中のカルシウムが減少して骨そしょう症(骨がやせてもろくなり骨折しやすくなる病気)になったり、腎結石(腎臓や尿管に結石が生じる病気)、消化性かいよう(胃・十二指腸などにできる)、膵炎などを引き起こすことがあります。
以前は非常に稀な病気と考えられていましたが、血液の生化学検査に自動分析器が導入されて、カルシウムの測定が一般化するようになり診断例が増えています。外国では病院受診者の500-1000に1人、日本でもその1/10程度の頻度でみつかっていますので稀な病気とはいえません。この病気が閉経後の女性に多いことより、50歳以上の女性に限ると1000人に1人くらいの頻度と推定します。尿路結石患者での頻度は5%前後と報告されています。当院での経験より、副甲状腺機能亢進症は決して稀な疾患ではなく、今後高齢化と共にますます増加すると考えています。
以前は、腎結石、骨そしょう症、消化性かいよう、膵炎などから診断されることが大半でした。最近では、血清カルシウムのスクリーニング検査が普及し、はっきりとした症状のない方もたくさん見つかってきています。食欲がない、いらいらする、身体がだるい、集中力がない、頭痛がするなどの症状が治療後に改善することがあります。このような場合は、病気のためにこれらの症状があったと判断されます。
骨そしょう症の診断と治療において注意しなければならないことがあります。骨密度の測定器械が普及、一般の方の骨そしょう症という病気に対する関心が高くなったことより、骨そしょう症の診断で治療を受ける患者さんが増えています。骨そしょう症の診断と治療において、原発性骨そしょう症(原因が特定できない骨そしょう症)と2次性骨そしょう症(何らかの原因があって骨そしょう症をきたしている)とを鑑別しなければなりません。理由は治療方法が違うからです。副甲状腺機能亢進症で2次性骨そしょう症を生じますが、これを見逃すと“ビタミンDやカルシウム”の内服治療を受け、ますます血液中のカルシウムが高くなり、場合によっては命の危険まで生じることがあります。当院に“首のはれ”を訴えてきた患者の中には、甲状腺の病気だけでなく副甲状腺機能亢進症がありながら、近くの先生から“骨が弱っているから薬を飲みなさい”と間違った治療を受けていた方は少なくありません。骨そしょう症学会では、“このようなことがないように原発性骨そしょう症の診断には血清のカルシウムを測定しなければなりませんよ”と啓蒙していますが、まだまだこのことは広く浸透していないようです。その理由としては、1.副甲状腺機能亢進症が稀な病気と考えられていたこと、2.骨そしょう症が、内科・老年科・整形外科・婦人科と多くの科にまたがって治療を受けており、それぞれの分野特異性があるなどが考えられます。
血液中のカルシウムの濃度と副甲状腺ホルモンが両方高く、尿中カルシウム排泄量の高い場合、副甲状腺機能亢進症と診断されます。家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症(遺伝性の病気で尿にカルシウムを排出しにくいので、血液中のカルシウムが高くなる病気で、手術は必要なく経過観察だけでよい病気)の方も同じような検査結果のことがありますが、尿中のカルシウム排泄量を測定しますので識別できます。
副甲状腺の1つだけ(まれに2つ)が腫れて、どんどんホルモンをつくる腺腫が大半(約80-90%)で、4つの副甲状腺が必要以上にホルモンをつくる過形成は約10-15%です。癌は100人に1人か2人と稀です。
現在のところ外科的切除が唯一の治療法です。
はっきりとした症状のある方はもちろんですが、無症状と考えられても、副甲状腺機能亢進症と診断がついた場合は、手術をした方が良いと考えています。理由は、この病気は悪性腫瘍(癌など)や心臓・脳血管の障害で寿命が約10年くらい短くなること、手術後に身体の調子が良くなるのに気づく方が多いことなどからです。さらに、強調しなければならないことは、この病気によって生じた障害はひどくなると手術後も完全には元通りにならないということです。この病気で骨そしょう症をきたして、椎骨(背骨)の圧迫骨折をおこし、若いときに比べて20cm以上身長が低くなった患者を手術しても、元には戻らないことは自明です。当院でもこのような患者さんを経験しています。早い時期に受診されていれば障害を残すようなことにはならなかっただろうと思います。
全身麻酔をしますので、心臓(心電図)、肺機能、肝・腎機能検査(血液、尿)は必要です。さらに、病気の治療のために以下の検査を組み合わせておこなっています。
超音波とシンチ検査で、9割程度病的な副甲状腺の位置がわかります。 超音波を見ながら内頚静脈(頸の深い部分にある太い静脈)の左右から採血し、副甲状腺ホルモンを測定することにより、ある程度の部位と腺腫か過形成の判断の材料としています。腺腫と過形成とでは手術の方法が違うので非常に大事なことです(手術方法を参照)。 過形成をきたす遺伝性疾患として多発性内分泌腫症(Multiple endocrine neoplasia,以後 MENと略)があります。最近、原因遺伝子が発見されましたので、当院では術前の遺伝子検査をします。
腺腫では、1つあるいは2つの腫れた副甲状腺だけを摘出(取り除くこと)します。過形成ではすべての副甲状腺を探し出し(先にも述べたが、副甲状腺は5つ以上あることもある)、一番正常に近いと考えられる副甲状腺の一部を残して他の副甲状腺をすべて摘出します。症例によってはすべての副甲状腺を摘出して、一部を前腕などに移植します。癌では周囲組織を含めて広範囲に取り除く必要があります。術前に癌の確定診断がつくことはほとんどありませんし、迅速病理検査(手術中に行う組織の顕微鏡検査)で悪性かどうかの判断は非常に困難ですので、手術中の医師の判断が非常に重要です。
術前の部位診断がついていなくても手術をすすめています。理由は、はやい時期に手術で病気を治すことが大事と考えること(前述)、ほとんどの症例で手術時に探し出すことが可能なこと、手術の合併症もほとんどなく手術による患者の身体的負担は少ないことなどの理由によります。
この病気の性質を十分にわかっている内分泌外科がおこなえば、合併症はほぼありません。甲状腺周囲をあつかいますので、反回神経麻痺(声帯を動かす神経で麻痺が生じると声がかれる)の可能性はありますが、副甲状腺癌などの特殊な場合を除いて非常にまれで、ほとんどは一過性です。その他、一般的な手術と同様に、出血(血管を結んだ糸が術後の嘔吐やくしゃみなどで糸がはずれ、頸のなかに血がたまる)のために再度傷を開き止血しなければならないこと(1%以下)、傷が化膿(3000-4000例に1例程度)することなどの可能性があります。
手術後カルシウムが低くなり、カルシウムやビタミンDを飲まなければならないことがあります。不思議に思うかもしれませんが、これは主として以下の二つの理由によるものです。
手術前は副甲状腺ホルモンがどんどんつくられており、このホルモンが骨から血液中にカルシウムを溶出していたが、術後は反対にカルシウムが骨に取り込まれるので、血液のカルシウムが低くなる。 副甲状腺ホルモンをどんどん出していた病気の副甲状腺を取り除いたので、残った正常な副甲状腺はしばらくの間働きが悪い。 これでおわかりかと思いますが、カルシウムやビタミンDを飲まなくてはならなくても、それは手術の合併症ではありません。自分の身体が良い方向(術後の骨の回復)に向かっていると考えてください。
結論から述べますと、この病気のすべての患者さんを初回の手術で完全に治すことは不可能です。初回手術による治ゆ率は、欧米(この病気は欧米が日本にくらべ多い)の内分泌外科を専門にしている施設で最も成績の良いところで95%前後です。なぜ、100%ではないのかについて次の二通りについて詳しく説明します。
1.は手術がうまくいっていなかったと考えて良いでしょう。
カルシウムが十分下がらない理由は、
などが考えられます。
前に説明しましたが、副甲状腺は4個とは限らず、それ以上ある可能性も10%以上あることや通常副甲状腺は甲状腺周囲にありますが、甲状腺内、甲状腺から離れたところ、さらには胸のなかにあったりすることが、手術がうまくいかない理由になります。
2に関して
などが考えられます。
“手術後も持続性に病気が続く”ことに関しては、手術前の検査で、病的な副甲状腺の位置あるいは腺腫(基本的には1腺の病気)あるいは、過形成を鑑別する。精度の高い超音波検査やシンチだけでなく、当院独自の方法として、手術前に3箇所(左右の内頚静脈と手の静脈)より採血し、副甲状腺ホルモンを測定、検査結果より、上記の判断の材料にしています。
現在手術中に副甲状腺ホルモンの迅速測定(具体的には病気の副甲状腺を取り除いたのちに副甲状腺ホルモンを測る)で、ホルモンが十分下がることを確認、もし、十分下がらなければ、他の病的な副甲状腺を探し取り除く方針ですのでほぼ回避できています.これまでに約30例(平成11年4月より10月)に行いましたが、この方法ですべての方がうまくいっています.
2.に関しては、新たに病気が発生した様な場合は非常に稀です。われわれは実際に経験したことはありませんが、理論的には可能です。他は病気の性質の理解や手術の習熟により避けることができると考えています。
術中に副甲状腺ホルモンを測定(結果を得るまで20-30分)し、手術がうまくいったかどうかを判断する方法は欧米では一般的ですが、日本ではほとんど行われていませんでした。主な理由は、厚生省がその試薬の使用を認めていなかったからです。副甲状腺は過剰腺(先にも記しましたが、副甲状腺は通常4つであるが、3つあるいは5つ以上のこともある)や異所性腺(甲状腺の周囲になく胸のなかにあったりする)の存在、腺腫、過形成、癌など解剖・病理学的多様性を持っています。このため、手術は難易度の高い場合もあるので、十分に病態を理解した内分泌外科医が行うのが望ましいと考えています。今後、内視鏡で手術を行なう施設も増えると思いますが、これらの縮小手術には他の病的な副甲状腺を見逃さないためには術中迅速副甲状腺ホルモン測定を是非行っていただきたいと考えています。
慢性腎不全のため透析を受けている患者さんで、食事療法・内科的治療のコントロールがあまり良くない場合に生じやすい病気です。コントロール不良のため血液中リン濃度が高くなると、副甲状腺が刺激されて腫大し、副甲状腺ホルモンを過剰に分泌します。するとカルシウムが骨から必要以上に溶かし出され、血液中カルシウム濃度が高くなります。この状態を腎性副甲状腺機能亢進症といいます。放置すると、腎不全による骨の病気(腎性骨異栄養症といわれているもので、線維性骨炎・骨軟化症・骨粗鬆症・骨硬化症などがあります)になり、骨・関節痛や骨折を起こしやすくなります。それだけでなく、血液中のカルシウムやリンが高くなることにより、血管にそれらが沈着し(石灰化といいます)、動脈のしなやかさが失われ(動脈硬化)、心筋梗塞などの心臓や血管系の重篤な合併症をひきおこします。合併症が生じると日常生活に様々な支障をきたし、寿命を短くすることにもなります。
腎性副甲状腺機能亢進症に対する治療薬として、経口ビタミンD製剤、ビタミンD製剤、リン吸着剤などが開発され、内科的治療も進歩してきています。しかし、内科的治療で効果がえられない場合は手術療法が確実です。手術療法については後に詳しく述べます。手術以外には、超音波下にPEIT(経皮的エタノール局所注入療法)という方法もありますが、重篤な心血管系などの症状がある場合や手術後に再発した場合など手術の困難な患者さんが対象です。
などが手術の対象となります。
腎性副甲状腺機能亢進症の手術はすべての腫大した副甲状腺(通常は4個ですが、それ以上や以下の場合もあります)をすべて摘出し、そのうちの一部を前腕部に移植します。
当院では、午前中に透析を受けていただき、午後に手術を行います。手術は全身麻酔で、1時間から1時間半程度で終了します。術翌々日に透析をうけていただきます。手術翌日から歩行・食事ができ、術後約1週間で退院です。尚、入院中のご家族の付き添いは不要です。
手術が成功すると血液中のカルシウムが低くなり、カルシウムやビタミンDを飲まなければなりません。これは主として以下の二つの理由によるものです。
これでおわかりかと思いますが、カルシウムやビタミンDを飲まなくてはならなくても、それは手術の合併症ではありません。自分の身体が良い方向(術後の骨の回復)に向かっていると考えてください。
重要な合併症としては、反回神経麻痺による嗄声(しわがれ声)があります。反回神経は副甲状腺の近くを通るため、副甲状腺腫を摘出する際に、かるく神経にさわるだけで反回神経麻痺がおこる可能性があります。尚、副甲状腺腫の性質が悪い場合(癌の頻度は1%以下)は、神経に浸潤(食い込む)していることもあります。そのときには一部をけずったり、きりとらなければならないこともあります。当院では甲状腺癌を合併した患者さん以外には、反回神経麻痺はありません。もし生じても、通常3ヵ月以内に回復すると考えます。その他の合併症として、出血がありますが、1%以下の頻度です。
糖尿病・心臓病やその他の病気で治療を受けている患者さんは、治療を受けている医療機関で、病状や手術に関しての注意点などの医療情報を持参していただくことをおすすめいたします。それがない場合は、術前検査のため近くの病院を受診していただくことがあり、手術を延期する可能性があります。
腎性副甲状腺機能亢進症について簡単に説明いたしましたが、おわかりになれたでしょうか?わからないことがありましたら、当院のホームページの質問欄にそってしてください。
尚、セカンドオピニオンをご希望の場合は診察のときに医師にお申し出ください。メールのみでのセカンドオピニオンはお断りしております。
病気にならないこと、病気になったら早期に治療を受け、快適な生活をおくられることをお祈りいたします。