内分泌疾患専門病院
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遺伝子検査

ヒトゲノムはヒトの設計図であり、その配列は4つの塩基であるA・G・C・Tの並びによって決定されます。ヒトゲノムでは約30億対の塩基配列を有し、およそ10万個の遺伝子がコードされていると推定されています。ヒトゲノムを構成する塩基配列の解読は、米国、英国、フランス、ドイツ、日本、中国が参加する国際的なプロジェクト「国際ヒトゲノム計画」で、2000年6月には解読をほぼ完了し、米英両首脳による共同声明も記憶に新しいところです。また米国の民間企業であるセレラ・ジェノミクス社も同年4月にはほぼ解読を終えていました。

2000年はヒトゲノム解読が達成された記念すべき年であり、これは人類の月面到着に匹敵する業績といわれています。21世紀には遺伝子情報に基づいていろいろな病気の原因解明や新しい治療法の開発が行われていくに違いありません。したがって、遺伝情報を用いて病気を診断したり、治療法を決定することが今後の医療の方向と考えます。当院では病院全体でこの問題に取り組み、すでに一部の疾患で、遺伝子診断を組み込むことにより診断・治療の質の向上に役立てています。

1) 遺伝子検査システム

遺伝子検査の対象となりうる患者様が来院された場合、その疾患に応じた病気の説明と、どうして遺伝子検査が必要なのかをまず医師が説明します。その結果、文書で同意を得られた患者様に対して遺伝子検査のオーダーがコンピューターシステムを介して検査室に流れます。検査室では遺伝子検査用の採血(通常採血となんら変わりありません)を行います。検体は院内に設置されている遺伝子検査室に運ばれ、遺伝子検査が行われることになります。

遺伝子検査室では血液からのDNA抽出、目的遺伝子の増幅、遺伝子解析という作業を行っています。自動遺伝子解析装置(オートシークエンサー)を2台配し、一日で約50検体分の解析を行っています。1つの遺伝子を調べるのに10〜20の部分に分けて調べることが多く、また結果の確認のために再検査する時間も要するため、約5日ほどで遺伝子検査結果を医師に伝えられる体制を整えており、次回外来時や入院時に患者様に結果を伝えることになります。

通常、遺伝子検査を行う場合は特定の業者に委託したり、目的遺伝子を研究している大学などの研究施設に依頼することがほとんどで、この場合、結果が判明するのに相当の日数を要すことになります。当院では患者様への遺伝子検査の説明・検査のオーダーから結果の説明まですべて院内で行っており、遺伝子検査の迅速システムを実現しています。

2) 当院で遺伝子検査をルーチンに行っている疾患

(1) 原発性副甲状腺機能亢進症

副甲状腺が腫瘍化したために、副甲状腺ホルモンが必要以上につくられ、血液中のカルシウムが高くなる病気です。そのために、骨の中のカルシウムが減少して骨粗鬆症になったり、腎結石、尿管結石、胃十二指腸潰瘍、膵炎などを引き起こします。

通常副甲状腺は頸部に4腺あり、そのうちの1腺だけが腫れてきて副甲状腺機能亢進になるもの(単腺病変)と、2つ以上の腺が腫れて亢進になるもの(多腺病変)とがあります。副甲状腺機能亢進症の治療は手術が基本ですから、単腺病変の場合は1腺のみを摘出すればよいのですが、多腺病変の場合は複数腺の摘出が必要です。したがって医療者にとっては、単腺病変か多腺病変かを術前・術中に正確に見極めることが要求されます。
一方,当院の調査では、副甲状腺機能亢進症の約4%が遺伝が原因で発生することがわかっており、その場合は必ず多腺病変を呈します。手術では4腺とも切除の対象になります。遺伝性の多腺病変の場合でも、家族の中にこれまで副甲状腺を治療された方がいない場合も多く(本人が発端者)、術前検査では一見単腺病変と思われて手術で一腺のみしか摘出されていないことがあります。このような場合はカルシウム値が術後も高いままになってしまい(持続性高カルシウム血症)、再手術を要します。

このことから、当院では手術前にMEN1という遺伝子を調べています。MEN1遺伝子に異常がなければ、約99%以上の確からしさで遺伝性でないことが証明できるので、手術を受ける側にとっても(手術を行う側にとっても)、安心して手術を受ける(行う)ことができます。
万一MEN1遺伝子に異常があった場合は、多発性内分泌腫瘍症1型という遺伝性の病気で、副甲状腺のみではなく、膵・胃・十二指腸や脳下垂体に腫瘍が発生する可能性があります。遺伝子検査を行えば、家系内で遺伝子に異常のある方と異常のない方をみわけることができます。常染色体優性遺伝という遺伝形式をとり、異常なMEN1遺伝子を持っている方の子供には1/2の確率で異常なMEN1遺伝子が伝わります。家族の中で遺伝子検査を行い、異常なMEN1遺伝子が証明された場合には、事前に自分の病気のことがわかりますので、早期に検査を行い、早期に治療することが可能になってきます。この家系の血縁者の方でMEN1遺伝子が正常だと判明した場合には、この病気にかかる心配はほとんどありません。

(2) 甲状腺髄様癌  詳しくはこちらをご覧下さい >>

甲状腺癌のなかでも、甲状腺髄様癌は比較的稀であり、当院の悪性腫瘍の約1%程度です。髄様癌は遺伝性と散発性(非遺伝性)に分けられます。髄様癌症例の約1/4-1/3は遺伝性です。遺伝性のほとんどの場合は多発性内分泌腫瘍症2型と呼ばれるもので、副腎褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症を伴うことがあります。遺伝性かどうかはRET遺伝子を調べることにより99%診断可能です。常染色体優性遺伝という遺伝形式をとり、異常なRET遺伝子を持っている方の子供には1/2の確率で異常なRET遺伝子が伝わります。

遺伝性(RET遺伝子に異常がある)の場合は甲状腺を全部取らないで残しておくと、髄様癌が必ず再発してきますので、甲状腺全摘(甲状腺を全部とる)が必要です。一方、散発性(RET遺伝子に異常がない)の場合には必ずしも甲状腺を全部取る必要がなく、その病状に応じて、甲状腺を残す手術の方法がとれます。

甲状腺を全部取った場合は術後に甲状腺ホルモン剤(50μg錠)を2〜3錠一生飲む必要がありますが、一部甲状腺を残してやると甲状腺ホルモン剤を飲む場合でも少量で済みますし、全く飲まなくても甲状腺ホルモン値を正常に保てる場合もあります。また甲状腺を全部取る手術ではどんなに上手な外科医が手術しても術後の副甲状腺機能低下症や反回神経麻痺などの合併症が、甲状腺を全部とらない手術に比べて、おこりやすくなりますので、きちんと遺伝性か否がを識別して手術に臨むことは髄様癌の外科手術では一番大切なことと考えます。

遺伝性の家系の場合、遺伝子検査を幼少児期に行うことも可能です。通常遺伝性の髄様癌では幼少児期から腫瘍が発生する場合も少なくなくありません。欧米では遺伝子検査でRET遺伝子が陽性とわかったら、3-5才でも甲状腺を予防的に全摘する手術を行うところもあります。しかし我々は一部のタイプ(MEN2Bといって、髄様癌の悪性度が高いもの)を除いて、頸部超音波やガストリン負荷試験などの検査で髄様癌を早期に診断し、髄様癌が発生したとわかった時点で甲状腺を全摘すればよいと考えています。

(3) ペンドレッド症候群  詳しくはこちらをご覧下さい >>

感音性高度難聴・甲状腺腫・パークロレート負荷試験陽性を呈する疾患で、常染色体劣性遺伝の形式をとる遺伝性疾患です。難聴は乳幼児期から発生し、多くの場合は言語の発達が障害されます。また甲状腺腫は幼小児期から発生することが多く、ヨウ素の有機化障害によるものです。遺伝性難聴の約10%がペンドレッド症候群と考えられており、現在はPDS遺伝子を直接調べることによりペンドレッド症候群か否かが診断可能です。遺伝子診断の限界についてはまだデータが少ないためはっきりとしませんが、当院の調査ではこれまでペンドレッド症候群と臨床的に診断されていた症例全例(12/12)にPDS遺伝子の変異を証明できています。また、これまでペンドレッド症候群とは考えていなかった難聴症例のなかにこのPDS遺伝子変異のある症例を見出しています。このように、PDS遺伝子検査はペンドレッド症候群の診断に欠くことのできないものになりつつあります。

3) 家系調査

遺伝子検査システムを運用するにあたり、重要なのは、どの患者さんに遺伝子検査の必要があり、ないのかを判断することです。院内で家系調査を担当しているのが病歴調査室です。外来・入院患者様全員に対して医師・看護婦が簡単に聴取した家族歴から当該疾患に関する重要な家系情報を拾い出し、対象となりうる患者様に対し、家系の詳細な聴取・家系図作成・血縁者のカルテ調査・遺伝子診断に関する資料作成などを行っています。病歴調査室は遺伝情報の管理をはじめとして、遺伝子検査システムでは中核をなす部門となっています。

4)最後に

上記の疾患では、病気の診断・治療に遺伝子診断が欠かせない状態になりつつあり、当院で専門に扱っている甲状腺・副甲状腺疾患では、バセドウ病・慢性甲状腺炎・髄様癌以外の甲状腺癌などの家系調査や遺伝子解析も進行中であり、今後これらの研究の成果を直接臨床の場に反映させていこうと考えています。