内分泌疾患専門病院
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甲状腺の病気について<診断編>

まえがき

甲状腺の病気は良く調べるとかなり頻度の多いものですが、良性の病気が多いので医師の間でもあまり重要視されない場合が多いようです。また癌であっても適切な治療さえすれば命にかかわる事は非常に少なく、たとえ頚部の癌を手術で取りきれない場合でも肺に転移がある場合でも5年生存率が60%近いなど「普通の医学の常識」に合わないことが多いので様々な誤解があるようです。素人のための甲状腺疾患の本はすでに何冊か刊行されていますが、日常の診療にお忙しい一般医のための日本語で出版された本が少なく、内分泌学の内科の先生が編集することが多いので、最近重要性を増して来た腫瘍や手術についてはしばしばあまりページを割いていないか、大雑把な章の組み合わせになっているようです。また医学関係の教育を受けた看護師や検査技師、放射線技師などにも分かりやすい書物もありません。それらの要望に答えられる本の必要性を痛感してこの解説を掲載することにしました。

本解説は、患者さんやその家族で甲状腺の病気について知りたい方にも役に立つようにも心がけて普通の大きさの文字で書いた部分と医療関係者のために少し小さい文字で書いた注釈の部分からなっています。さらに、詳しく知りたい人のために内外の専門雑誌などで比較的手に入りやすい文献を選んで付けました。

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用語の説明

甲状腺というのは、胃とか心臓などとおなじように体の一部、正確には頚部にある臓器の名前です。ときどき病気の名前と誤解しているひとがいます。
甲状腺は頸部の喉仏(のどぼとけ)のすぐ下にある蝶のような形の10グラム程度の小さい臓器です (図1) 。

甲状腺中毒症という言葉を使う医師がいます。アルコール中毒症などから連想して、甲状腺を食べ過ぎて食中毒にかかったような印象をあたえる、たいへんまぎらわしい用語ですが、血液のなかに甲状腺ホルモンが多い状態を言っているだけです。

結節とは本来は結び目という意味ですが甲状腺について言う時には球形か卵形の瘤が頚部にあるときにそのように呼びます。たとえば結節性甲状腺腫というときには「甲状腺の一部が球形、あるいは卵形に腫れている」ということです。

び慢性とは甲状腺全体に病変があるときにいいます。

家族性遺伝性とはほとんど同じように使われますが遺伝性とは遺伝の形式や原因遺伝子がはっきり分かっているときに使う言葉です。同じ家族のなかにおなじ病気の人が何人もいて恐らくは遺伝が関係しているだろうと思われるときには家族性という言葉を使います。

良性の腫瘍か分からない場合や区別する必要がない場合に単に腫瘍とか腫瘤ということがあります。

バセドウ眼症 バセドウ病で見られる眼の症状(上眼瞼の腫れ、上眼瞼の後退、眼球の突出など)があれば、甲状腺の機能亢進が無くても用いられます。

英語に Ophthalmic type of Graves disease という用語があるが、これは甲状腺機能亢進症が無いときに用いられます。

結節性甲状腺腫Nodular goiterの違い。日本語でいう結節性甲状腺腫という言葉はthyroid nodule ないしsolitary noduleのことでありgoiter, nodular goiter, adenomatous goiter は英語ではsynonymです。したがって、nodular goiterとは腺腫様甲状腺腫のことです。

甲状腺ホルモン

甲状腺ホルモンは2つあります。サイロキシン(T4)と3,5,3’トリヨードサイロニン(T3)です。(図2参照)。サイロキシンの42%は5’脱ヨウ素酵素によって脱ヨウ素されてトリヨードサイロニン(T3)になります。5脱ヨウ素酵素でサイロキシンの38%がreverse T3になります。3,3′,5’トリヨードサイロニン(reverse T3)はホルモン活性が無く速やかに分解され排泄されます。残りの20%のサイロキシンは他の経路で代謝されます。この割合は病気などの全身状態によって変わります。実際にホルモンとして働くのはT3です。では甲状腺ホルモンはどんな働きをするのでしょうか。この問題は実は平易な言葉で説明するのはかなり難しいのですが、あえて簡単に言いますと細胞の核に働いて生命の維持に必要な様々な遺伝子の活動を促進したり、抑制したりして調節するホルモンです。また、核以外にも細胞内の小器官であるミトコンドリアにも直接作用して細胞の呼吸を促進させてエネルギーを作る作用があります。

甲状腺ホルモンの約99%以上は血清蛋白と結合しています。約70%はαグロブリンの一部である甲状腺ホルモン結合蛋白に結合し、プレアルブミンに10%から15%が結合し、アルブミンに15%〜20%が結合しているといわれています。プレアルブミンとアルブミンに結合しているホルモンは親和性が弱く甲状腺ホルモン結合蛋白の1000分の1とか10万分の1です。遊離のホルモンと蛋白に結合しているホルモンとは平衡を保っていますが、実際に働くのは遊離ホルモンです。甲状腺ホルモン結合蛋白は女性ホルモンなどの影響を受けて増減します。そのために甲状腺ホルモン全部を測定するよりも遊離ホルモンだけを測定する方法が開発されました。その後は遊離ホルモンだけを測定するようになりました。

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甲状腺の病気の頻度

1. 甲状腺の腫瘍の頻度

丁寧に頚部を触診すると中年以後の女性では100人に5人くらいは甲状腺に腫瘍をもっている人がいるといわれています。最近の進んだ超音波を用いた集団検診では被験者の年齢分布によって違いはありますが6ないし10%の人に甲状腺になんらかの腫瘍のような病変がみつかります。さらに精密検査を行いますとこの病変が癌である割合は、30代までは2%くらいまでですが、40代以上になると4%位に増加してきます。多めに見積もると10%のなかの4%ですから、全体の0.4%が癌ということになります。すなわち中年の女性の250人に1人は甲状腺に癌を持っているという計算になります。その癌の半分以上は最大径10 mm以下の小さなもので、すぐに生命にかかわるというものではありません。この事についてはまた後に詳しく述べます。このように甲状腺腫瘍(良性の腫瘍や癌)は正確に調査すると非常に多いのですが、患者さんとして医療機関を訪れる人はそれほど多くはありません。それは、小さな腫瘍が小さいままにとどまっていることが非常に多いからです。超音波を用いた集団検診で小さな腫瘍が甲状腺にあると告げられて大変心配してわたしのところにみえる方がよくあります。確かに腫瘍はあるのですが小さいので「経過を見ましょう」といって半年後にまたきてもらって、腫瘍の大きさを測定してみますと大部分の方は腫瘍の大きさは変わっていません。さらに6月後、1年後と経過をみても大きさが変わらないことが大部分です。このような人はもし超音波を用いた集団検診を受けていなかったら甲状腺のことなど一生心配することはなかったかもしれません。

2. 腫瘍以外の甲状腺疾患の頻度

癌以外の甲状腺疾患の患者がどのくらいいるかということについての詳しい調査や研究は殆どありません。その主な理由は、慢性甲状腺炎という病気の頻度が正確には分からないからです。甲状腺が大きく腫れて甲状腺の働きもわるくなり薬を服用しなければならない慢性甲状腺炎もありますが、非常に程度が軽く血液の検査をして何か病名をつけるとすれば、慢性甲状腺炎とも言える、というような軽いもので何かの症状で苦しむこともなく、甲状腺も殆ど腫れていないというようなものが非常に多いと考えられるからです。どこからが病気でどこからが健康なのかということにはっきりした線を引くのが難しいということです。しかし、無理に非常にかるい慢性甲状腺炎も甲状腺の病気と考えると大ざっぱに言って女性では15人か20人に1人くらいは、慢性甲状腺炎の方がいるのではなかろうかと考えています。バセドウ病は日本人では700人から1000人に1人位と考えられています。

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甲状腺異常のスクリーニング検査

1. 機能の異常のスクリーニング

甲状腺に関係する検査法は非常に沢山ありますが、多くの検査はごく特殊な目的か、現在では歴史的な意義しかない物です。甲状腺機能の異常をスクリーニング検査しようとすると、最小限の検査は遊離サイロキシン(free T-4)と高感度甲状腺刺激ホルモン(TSH)の測定です。

なぜ総サイロキシンではなくて遊離サイロキシンを測定するかと言うと、サイロキシン(T-4)の99.96%は甲状腺ホルモン結合蛋白(TBG)といわれる血清蛋白と結合しています。このTBGは女性ホルモンによって増加しますので、ピルを服用している場合や妊婦では総サイロキシンは高くなりますが遊離サイロキシンの変化はありません。先天的にアミノ酸配列の違ったTBGを持っているために甲状腺ホルモンと結合しないことがあります。この場合総サイロキシンは見かけ上低くなりますが遊離サイロキシンには変化はありません。またサイロキシンがTBGに結合するのを阻害する薬剤も多数知られていますがその中にはClofibrate(高脂血症治療剤), Phenylbutazone (解熱鎮痛剤), Acetylsalicyrate(消炎解熱鎮痛剤), Sulphonyl urea(経口糖尿病薬), Diphenylhydandoin(抗てんかん剤)などかなり一般的に使用される薬も含まれています。このような理由で「総サイロキシン」ではなく遊離サイロキシンを測定するようになりました。

もし、遊離サイロキシンが上昇していて甲状腺刺激ホルモン(TSH)が低下していれば、甲状腺機能亢進症ということになります。遊離サイロキシンが低下していて甲状腺刺激ホルモン(TSH)が上昇していれば甲状腺機能低下症です。甲状腺刺激ホルモン(TSH)だけが上昇していて遊離サイロキシンが低下していない場合もまれにあります。このような状態を「潜在性機能低下症」と呼ぶひともあります。同様に血清の遊離サイロキシンは正常で甲状腺刺激ホルモン(TSH)が正常以下の場合を「潜在性機能亢進症」と呼ぶ人がいます。血清の甲状腺ホルモンが高いにもかかわらず甲状腺刺激ホルモン(TSH)も高いと言う場合もあります。このような症例をレフェトフ症候群と呼びます。これは甲状腺ホルモンの血中の濃度を感知する機能(受容体の機能)が先天性に欠落している場合に起こります。

潜在性機能低下症をeuthyroid with reset thyrostatと呼び臨床的には意味がない所見であるとする者もあります。この事については治療のところでまた詳しく述べます。また、このような状態は正常値の決め方によるartifactである可能性も否定できません。正常値は大勢の正常人の血清を測定して分布を調べそれが正規分布をしているときには標準偏差の1.96倍が全体の2.5%になるので、分布曲線の両端の2.5%を除いた値を正常値とします。正規分布でないときには普通は対数変換して正規分布に近い形にして正規分布と同じ様に両端の2.5%を除いて正常値の範囲としています。この方法では0.1から1までの長さと1から10までの長さが等しく、10から100までの長さが等しくなりますので高い値のときには測定上のわずかな誤差が拡大されることになります。T3とT4が正常であってTSHのみが高い場合には、直ちに「潜在性甲状腺機能低下症」と考える人がいますが、繰り返し同じ結果であれば潜在性甲状腺機能低下症かもしれませんが、一度だけでは上記の理由でただの測定誤差かも知れません。

甲状腺ホルモンはヨウ素を含んだアミノ酸です。甲状腺は血清の中の微量なヨウ素、正確にはI-を甲状腺は200倍から400倍に濃縮する機能をもっています。この機能はNa+の取りこみと関連した蛋白質を必要としています。この蛋白質の発現にはTSHが強く影響します。その他にもヨウ素とその化合物が甲状腺のヨウ素の取りこみに影響します。ヨウ素の摂取量は人により、また地方により非常に大きな差があり,日本人はヨウ素を過剰に摂取しています。しかし、ホルモンの分泌にはあまり大きな差はありません。急に大量のヨウ素を与えると血中のヨウ素濃度が急に増加します。すると甲状腺のホルモン合成はかえって抑制されます。この現象をWolff-Chaikoff効果とよびます。もし長期間ヨウ素を多量に与え続けると甲状腺はまたホルモンを合成するようになります。この現象をWolff-Chaikoff効果からの「脱出」ないしescapeと呼んでいます。甲状腺の生理学ではヨウ素の影響は非常に大事な問題です。

2. 形態の異常、腫瘍または腫瘍類似病変のスクリーニング

形態の異常について最小限のスクリーニング検査は触診と超音波検査と穿刺吸引細胞診です。触診は診断の基礎ですが、また最終的な到達点でもあります。甲状腺の触診から始めて頸部全体を注意深く触ってみることが重要です。リンパ節の転移は気管周囲のものは咳嗽反射のために触診出来ないことが少なくありません。側頸部ではリンパ節転移は胸鎖乳突筋の後ろにありますので胸鎖乳突筋を拇指と残りの4本の指で挟むようにして触診します。超音波検査は最近の機器の進歩により腫瘤の内部の構造が詳細に分かり、普通は軟X線でも分からないような微小な石灰化巣の存在も分かるために非常に具合よく腫瘍の質的診断にも役立ちます。穿刺吸引細胞診は乳頭癌、未分化癌、髄様癌などの診断では優れていますが濾胞癌と濾胞腺腫の鑑別には役立ちません。X線CTは腫瘍が存在することは分かりますがその性質、すなわち悪性であるか、良性であるかまでは分かりません。我国では機能性の腫瘍が少ないので、放射性ヨウ素シンチグラムはスクリーニング検査というよりはさらに深く知りたい時に有用です。

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スクリーニング検査の次に施行する検査

機能亢進の場合

甲状腺機能亢進症をおこす場合はバセドウ病のほかにも多数の原因があります。

スクリーニング検査で甲状腺機能亢進症が見つかった場合に、それがどの病気によるものかを決めねばなりません。もし、最小限の検査を選択するとすればバセドウ病の場合にはTSH受容体抗体を選択します。しかし、バセドウ病でもTSH受容体抗体が陰性の場合も3〜5%に見られますので,検査ばかりではなく臨床症状、特徴的な顔貌や放射性ヨウ素摂取率、甲状腺のパーオキシダーゼ(マイクロゾーム)に対する自己抗体価なども参考にしなければならないこともあります。詳しくは次の章で述べます。

亜急性甲状腺炎や無痛性甲状腺炎は甲状腺組織の炎症性の破壊によって起きる病気であり、甲状腺の中に蓄えられているホルモンが血液にもれ出てくるために血中の甲状腺ホルモンが高くなります。そのために脳下垂体から出る甲状腺刺激ホルモン(TSH)は低くなり、また甲状腺の放射性ヨウ素摂取率も強く抑制されます。亜急性甲状腺炎は特有の症状によってバセドウ病と間違えることは稀ですが、無痛性甲状腺炎は放射性ヨウ素摂取率を測定しないでバセドウ病と鑑別することは困難です。

やせ薬やえたいの知れない漢方薬などには甲状腺ホルモンを含んでいるものがあります。このような場合にも血中の甲状腺ホルモンは増加します。

どんな病気が甲状腺機能亢進症を起こすか

ここではどんな疾患があるかと言う点と簡単な鑑別法についておもに述べ疾患の詳細については別な章で詳しく説明します。忙しい方はここだけ取り敢えず読んでください。

バセドウ病

我国では甲状腺機能亢進症の大部分はバセドウ病によるものです。バセドウ病の発症年齢は幼児から老人まで特定の年齢はありませんが20代から40代に多い傾向があります。男女比は1対7から1対10で女性に多く、バセドウ病の多発家系があることから、遺伝が病因の一部に関与している可能性があります。しかし、全くバセドウ病がいない家系でも発症することもあり、この点についてはまだよく分かっていません。

症状としては、典型的な場合には、問診では、体重の減少、動悸、息切れ、全身倦怠感、いらいら、食欲の亢進、暑がりになった、汗をかきやすいなどの訴えがあります。診察時の所見では、甲状腺はび慢性に腫大し、皮膚は汗ばんでいてそのためにやや光沢があります。腕を前に伸ばして手を開く姿勢をとらせると指先が細かく震えます。手掌は汗をかいて湿っています。頻脈、時には不整脈を認めます。バセドウ病に特徴的な眼の症状があることもあります。眼の症状すなわちバセドウ眼症については別の章で詳しく説明します。放射性ヨウ素の摂取率は30%以上です。

甲状腺ホルモンはヨウ素を含んでいます。トリヨードサイロニンはヨウ素を3原子含んでいます。サイロキシンはヨウ素を4原子含んでいます。ヨウ素は甲状腺ホルモンの原料です。したがって放射性ヨウ素摂取量が高いということはホルモンの生産が盛んに行われていることを示しています。日本人は海藻を食べる世界でも珍しい民族です。海藻には多くのヨウ素が含まれていますので、海藻を多く食べるとヨウ素過剰になって放射性ヨウ素の摂取率は低下します。

亜急性甲状腺炎

血中の遊離サイロキシンが上昇していて甲状腺刺激ホルモン(TSH)が低下していますが、症状はバセドウ病とはかなり違っていますので典型的な場合にはバセドウ病と間違えることはありません。まず、典型的な症状について述べます。甲状腺に強い圧痛があり、痛みは甲状腺の一部から始まり次第に広がりあるいは移動していきます。甲状腺腫は比較的小さく痛みのある部分は硬く、痛みが強いときには患者は触診をさせないこともあります。発症の前に風邪のような症状や発熱があったと訴える者もあります。赤沈の亢進、CRPやシアル酸の増加などの炎症の所見があり、血中サイログロブリンが増加しています。甲状腺の放射性ヨウ素摂取率は著しく抑制されています。

ここで言う亜急性甲状腺炎は de Quervain’s ThyroiditisまたはGranulomatous Thyroiditisのことです。一般の医療機関では甲状腺の放射性ヨウ素摂取率は測定出来ませんが、慎重な病歴の聞き取りと注意深い観察によって亜急性甲状腺炎と診断できます。亜急性甲状腺炎は放置していても自然寛解することがあるといわれています。

無痛性甲状腺炎

慢性甲状腺炎の経過中に、あるいは慢性甲状腺炎の存在に気づいていないときに、動悸、いらいら、体重の減少、全身倦怠感などの甲状腺機能亢進症の症状を表してきます。初期には遊離サイロキシンが上昇していて甲状腺刺激ホルモン(TSH)が低下しています。簡単なスクリーニング検査ではバセドウ病と間違えることがあります。血中サイログロブリンが増加して、甲状腺の放射性ヨウ素摂取率は著しく抑制されています。しかし、痛みを訴えることは稀です。甲状腺機能亢進の程度は比較的軽く、バセドウ病と間違えて抗甲状腺剤を与えるとすぐに甲状腺機能低下症になります。バセドウ病以外に鑑別しなければならないのは、なんらかの理由で甲状腺ホルモンを服用している場合です。この場合には血清の血中サイログロブリン測定が鑑別に有効です。甲状腺ホルモンを多量に服用している時には血中サイログロブリンは低下しています。亜急性甲状腺炎とちがって、赤沈の亢進、CRPやシアル酸の増加などの炎症の所見はあまりあてになりません。典型的な例では甲状腺機能亢進の期間は1ケ月から3ケ月位で自然に正常になり、その後は一度低下症になり自然にまた正常になる場合と正常のまま経過する場合、低下症になって回復しない場合があります。

腺腫様甲状腺腫

この病気で甲状腺機能亢進症を起こすことはわが国では稀です。しかし、甲状腺機能を正確に調べて見ると8%に遊離T3の軽度の上昇が見られます。

機能性甲状腺腺腫・機能性分化癌

わが国では稀です。遊離T3の軽度の上昇が見られます。

甲状腺ホルモンを過剰に摂取したとき

甲状腺ホルモンが入った痩せるための「健康食品」があります。健康食品は医薬品ではないのでどんな成分が入っているか書いてありません。それでこのような「健康食品」を飲むと血中の甲状腺ホルモンが増加して、甲状腺機能亢進症になります。しかし、放射性ヨウ素の摂取率は低く、超音波で甲状腺の大きさを測定すると小さくなっています。

甲状腺ホルモンの取りすぎは、様々な原因で起こり診断するのに困惑することが多いものです。日本語の病名はなくThyrotoxicosis factitia またはThyrotoxicosis medicamentosaなどとよばれています。普通患者は甲状腺ホルモンややせ薬を飲んでいることを隠しているか、それと知らずに服用してます。甲状腺ホルモンは甲状腺機能低下症以外にも歴史的には様々な病態に使用されたことがあります。原因としては肥満が最も多いのですが、月経不順、不妊症から脱毛までのおよそ考えられるあらゆる病態に使われているようです。このような甲状腺機能低下症以外の病態に甲状腺ホルモンは効かないので、望んでいる効果が出ることを期待して次第に増量していくことになります。甲状腺の腫大が無いこと、放射性ヨウ素摂取率は抑制されていること、血中のサイログロブリンの値が低いことなどから分かります。このほかにアメリカではひき肉に甲状腺が混じっていてこの病態が起こったとの報告もあります。

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機能低下の場合

どんな病気が甲状腺機能低下症を起こすか

わが国において最も多く見られる成人の甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎(橋本病)によるものです。慢性甲状腺炎には甲状腺が腫大している場合と萎縮して小さくなっている場合があります。萎縮性慢性甲状腺炎は殆どの場合甲状腺機能低下症を伴います。腫大している場合には甲状腺機能は正常の場合と低下している場合があります。慢性甲状腺炎ではヨウ素を多く含んだ食べ物(海藻類やそれから取っただし)や、うがい薬などで知らず知らずに沢山のヨウ素を摂取すると甲状腺機能が抑制されて機能低下症になりやすいので、甲状腺が腫大している場合には、ヨウ素摂取を制限するだけでも機能低下症が治ることもあります。脳下垂体から甲状腺刺激ホルモンが出ないために甲状腺機能低下症になる場合もあります。

下垂体の腫瘍のために甲状腺刺激ホルモンを作る細胞が圧迫されて機能が果たせなくなっている場合、虚血性壊死によって甲状腺刺激ホルモンを作れない場合(シーハン症候群など)、リンパ球性下垂体炎、結核、トキソプラズマ症などなど様々な原因で起こります。脳下垂体の働きを支配している視床下部というところの病変によっても起こることもあります。

自然に病気として起こる場合以外にバセドウ病の放射性ヨウ素療法後に起こる甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎で起こる機能低下症に次いで多いような印象を受けます。また、甲状腺の手術後にも低下症が起きることがあります。

稀なものとしては先天性の甲状腺ホルモン合成異常がありますが、現在では新生児スクリーニングで甲状腺ホルモン不足による知能および身体の発達異常は殆ど無くなりました。

甲状腺機能低下症の症状は後でも詳しく述べますが典型的なものとしては全身倦怠感、皮膚の肥厚と乾燥はとくに四肢に顕著にみられます。本人や家族にこのような症状が何時から出現したかを尋ねても多くの場合答えられないのが普通です。人によっては単に年齢のためだと思っていることもあります。心臓は心嚢液の貯留のために胸部X線写真では肥大しています。便秘はよく見られる消化器症状です。血清総コレステロールは上昇しています。CPK、LDH、ミオグロビンなど筋肉系の酵素や蛋白の増加とトランスアミラーゼのなど肝機能異常を疑わせるような所見も見られます。したがって、しばしば心疾患や肝機能障害と間違われることがあるようです。

産後の一過性の機能低下症は慢性甲状腺炎を素地にして産後に甲状腺の腫大と機能低下症を起こします。放置しても数ヶ月で自然に治りますが現在では放置することは無いようです。

癌の血清中のマーカーと考えられているCEA、 CA125 、CA15-3は甲状腺機能低下症では,増加しています。癌マーカーが陽性であるとの理由で全身をくまなく検査されて結局癌は見つからなかったというので、患者さんを大変心配させる医師がいます。

甲状腺機能は正常であるが甲状腺がびまん性に腫大している場合

甲状腺機能は正常であるが甲状腺はびまん性に腫大している(甲状腺全体が一様に腫れている)場合の大部分はわが国では慢性甲状腺炎です。甲状腺の腫大の程度は様々であり正常よりもわずかに大きい程度のものから100g以上のものまであります。触診では甲状腺は硬く触れます。慢性甲状腺炎以外でび漫性に腫大していることもあります。これらは単純性甲状腺腫という呼び方で一括して取り扱われていましたが,実は「単純」ではなく、様々な異常の部分症状であることが最近少しずつ明らかにされてきています。比較的多いもので,原因もはっきりしているのは、先端巨大症(脳下垂体の腫瘍から成長ホルモンが過剰に分泌される病気)、Pendred症候群(サイログロブリンのヨウ素化障害と聴神経の知覚障害を合併する遺伝性疾患で障害の程度は様々である)などがよく知られています。

その他にヨウ素の有機化の部分的異常、サイログロブリン合成の異常、ヨードチロシン脱ヨウ素酵素の欠損などが報告されています。これらは全て遺伝的な疾患であり劣性遺伝です。

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甲状腺の腫瘍と腫瘍に類似した疾患

甲状腺腫瘍に気付くとき

甲状腺に腫瘍がある場合には、何かほかの目的たとえば風邪などで医師を訪ねたときに甲状腺腫瘍を指摘されてはじめて気付くことが最も多いようです。次に、自分で気付いたとか家族が気付いたなどの理由で医師を訪れてはっきりと甲状腺の腫瘍と診断されるようです。普通は特定の症状というものはありません。腫瘍の中に出血して痛みを伴うことがありそれによって気付くことが稀にあります。また、癌の場合には癌が甲状腺の後ろにある反回神経という声帯の動きを支配している神経に浸潤して神経の働きをなくすために声が嗄れることがあります。甲状腺の腫瘍は唾を飲み込むときに喉仏と一緒に上下に動きます。甲状腺の腫瘍の診断では医師は二つの問題を考えます。一つは問題の腫瘤のようなものが本当に腫瘍なのか腫瘍ではなくて慢性甲状腺炎などで甲状腺がびまん性(全体が一様)にはれているものの一部分が腫瘤のように触れるのかということと、次には癌か良性の腫瘍または腫瘍に似た病気かということです。昔はあまり良い検査法がありませんでしたので主に触診にたよって診断していましたが、最近では超音波断層撮影と穿刺吸引細胞診という方法で一部の甲状腺の疾患は非常に正確に診断できることが多くなりました。しかし、これらの方法でも癌かどうか分からない場合もあります。

甲状腺の腫瘍の種類

腫瘍はふつう良性の腫瘍と悪性の腫瘍とに分けます。良性の腫瘍とは一般にはそれが発生した場所では増殖して大きくなりますが他の体の部分に転移したり、それによって死亡したりすることはない腫瘍であり、悪性腫瘍とは放っておけば次第に増殖するばかりでなく、転移をおこしてついには死にいたらしめるものと定義されています。しかし、良性の腫瘍でも大きくなり周囲の組織を圧迫して大変やっかいな問題を起こすこともあります。ここでは厳密な定義の問題には深入りしないでどんな腫瘍があるかということだけを述べます。腫瘍は現在ではWHOで国際会議を開いて世界共通の分類を使うように決まっています。

腫瘍の分類の細かい取決めに付いては省略して、おおざっぱに言えば良性腫瘍と悪性腫瘍に分けます。良性腫瘍は大きくなれば周囲の器官を圧迫したり、腫れがおおきいために見苦しいことはありますが、普通は生命に係わることはありません。甲状腺の良性腫瘍は濾胞腺腫とその他の良性腫瘍とに分けます。その他の良性腫瘍とは非常に稀な腫瘍であり専門家でもめったに見ることはないようなものをいいます。悪性腫瘍(甲状腺がん)は乳頭癌、濾胞癌、未分化癌、髄様癌、その他の癌に分けます。その他の癌というのは非常に稀なものです。悪性リンパ腫も甲状腺にできる事があります。それ以外の悪性腫瘍は非常に稀なので普通は問題にされません。さらに腫瘍様病変と総称しているものがあります。日本ではこれを腺腫様甲状腺腫と呼ぶ事が多いのですが、WHOの定義はそりよりもかなり広い病態を含んでいます。

腺腫様甲状腺腫

腺腫様甲状腺腫と呼ばれているものがあります。これは本当の腫瘍ではなくて医学用語では過形成といわれるものです。甲状腺内に複数の腺腫のように見える結節や嚢胞があり、ます。触診では単発の腫瘍のように見えても超音波検査で小さな嚢胞が見えることがあります。また、一見正常に見える部分も顕微鏡で調べると明らかに正常とは違っています。すなわち腺腫のように見える結節や嚢胞があるところのみならず甲状腺全体が病的変化をしていると理解したほうが良いと思います。

英国の有名な病理学者E. D. Williamsによれば「腫瘍」と呼ばれている増殖性病変については、生化学的にも病理学的にも細胞学的にも正確な定義はなく、反応性の過形成(hyperplasia)と初期の腫瘍とは殆ど区別できないので、殆どの病理学の教科書では正確に定義しょうという努力を回避しているか、増殖性刺激に対する「正常な」反応すなわち過形成とよばれているものと異常な反応すなわち腫瘍とをはっきり区別することが出来ないような漠然とした記述しかしていない、とのことです。甲状腺腫瘍の分類のなかに「腫瘍様病変」という分かったような、分からないような名称が入っているのはそのような訳です。

濾胞腺腫は甲状腺の腫瘍のうち最も多いものです。これは良性の腫瘍ですが濾胞癌との鑑別診断が非常に難しく癌でないと確実に診断するためには手術をして顕微鏡で調べないと分からないものが殆どです。
乳頭癌は甲状腺癌のなかで最も多い癌です。増殖は遅く何年も大きさが変わらないこともあります。癌は増殖が早くすぐに大きくなるものと考えていると大変な間違いをします。しかし、増殖が遅いということは、治療後の生存率も非常に良いということです。リンパ節に転移しやすくリンパ節の転移から乳頭癌に気付くこともあります。

濾胞癌は先に述べましたように濾胞腺腫との鑑別が困難です。リンパ節への転移はあまり無く、血流にのって肺や骨に転移を造ることが比較的多いという性質をもっています。

未分化癌は人に発生する癌のなかで最もたちの悪い癌です。未分化癌と診断されてから1年ないし1.5年で95%は死亡します。現在ではまだ確実な治療法はありません。乳頭癌や濾胞癌を放置しておいたり、不適切な治療をすると未分化転化して未分化癌になると考えられています。

髄様癌は乳頭癌や濾胞癌とちがって甲状腺ホルモンを作る細胞から発生するのではなくて、カルシトニンというホルモンを造る傍濾胞細胞(C細胞)から発生する腫瘍です。散発性と遺伝性のものがあり、遺伝性のものは多発性内分泌腫瘍症2型(甲状腺髄様癌;カルシトニンというホルモンを分泌します、褐色細胞腫;副腎の髄質に発生してカテコールアミンというホルモンを分泌します、副甲状腺過形成または腺腫;副甲状腺ホルモンを分泌します)の部分症状として発生することがあり遺伝子診断で遺伝性か散発性かを鑑別することが出来ます。
悪性リンパ腫は慢性甲状腺炎から発生する病気です。放射線や化学療法によく反応して比較的予後が良いリンパ腫です。

腫瘍類似病変として腺腫様甲状腺腫、アミロイド甲状腺腫、嚢腫があります。腺腫様甲状腺腫というのは、甲状腺が多発性の非腫瘍性増殖により腫大している病変です。一見び慢性に腫大している様に見えることもありますが、肉眼的には1個から数個の腫瘤のように見えることもあります。しかし、正常と思われる部分も顕微鏡で見ると正常とは明らかに違った形をしています。

アミロイド甲状腺腫とは、アミロイドと言われているものの沈着のために甲状腺が腫大しているものです。非常にまれなものです。

嚢腫は腺腫の中心部が壊死に陥って、すなわち腐って、液状になったものとはじめから嚢腫として発生したと思われるものがあります。

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甲状腺腫瘍の診断

1.診断の手順

甲状腺腫瘍の診断は丁寧な触診から始まります。しかし、現在では超音波断層撮影法という大変良い診断手段がありますので触診の重要性はかなり減少したと言ってもよいでしょう。超音波は放射線などと違って人体に害がないのでいくらでも繰り返して検査してもかまいません。超音波断層法では腫瘍の大きさ、形、腫瘍内部の状態などを観察できます。良性か悪性かの鑑別にも熟練した者が観察すればある程度正確な答えは出ますが、悪性を疑わせるときにはさらに穿刺吸引細胞診などで癌かどうかを確かめるためには役にたつ検査です。癌か癌でないかを鑑別するのには穿刺吸引細胞診が最も役に立つ検査法ですが、さきにも述べましたように、濾胞腺腫と濾胞癌とは鑑別できません。また、乳頭癌でも純粋に乳頭状の構造からなっているものは誤診が少ないのですが、瀘胞構造を含んでいる場合には誤診率が少し高くなります。X線CTは甲状腺に腫瘍があるかどうかの診断はできますがそれ以上の情報はえられないので、特殊な場合以外には甲状腺疾患の診断には使いません。放射性同位元素やその化合物を内服または静脈注射して放射能が甲状腺に集る様子を画像にして診断する核医学的方法や頚部のX線写真で甲状腺に石灰化が有るか無いかとその形を調べて腫瘍が良性か悪性を診断する方法もあります。様々な検査法がありますので最小限どのくらい検査すればおおよそのことが分かるかということが問題になると思います。超音波検査と穿刺吸引細胞診で甲状腺癌の80%から85%は正しく診断されます。

触診甲状腺炎という病態が報告されています。あまり強く甲状腺を圧迫するような触診をするとこのような医原性の病変をつくることがあります。Carney, J.A., Moore, S.B., Northcutt, R.C. et al. Palpation thyroiditis (multifocal granulomatous follicullitis) Am. J. Clin Path. 64: 289 1975

放射性同位元素(化学的には放射性でない元素、ヨウ素の場合は127I、と同じふるまいをするが放射線を出して次第に崩壊する元素で、これを使って行う診断や治療を核医学といいます)による診断は131I(ヨウ素131と読みます)を用いる方法が歴史的にも古く経費も安いので今でも、これを使う施設もあります。123Iも使われます。甲状腺はヨウ素を材料として甲状腺ホルモンを造るのでヨウ素を血液の中から吸収して濃縮する作用があり、この性質を利用して甲状腺の形や大きさ、またホルモンを造る働きがある腫瘍か働きのない腫瘍かを見分けることができます。癌はホルモンを造ることは極めて稀ですが、良性腫瘍でもホルモンを造らない事が多いので、ホルモンを造らない、すなわち腫瘍の部分にヨウ素の放射性同位元素が集積しないときには癌の鑑別には役立ちませんが、集積するときには癌は否定的です。腺腫様甲状腺腫が鎖骨の下の方にまで増殖しているときに、鎖骨の下の方まで集積が見られ診断に非常に役立ちます。99mTcもヨウ素と同じように振る舞いますのでヨウ素のかわりにこれを使う施設もあります。201Tlはやはり甲状腺に集積して、癌の組織には正常の甲状腺組織よりも長くとどまっているという性質があります。普通は濾胞癌が疑われるときか、触診や超音波断層写真が撮れない部位に転移がある疑いがあるときには使いますが、乳頭癌では細胞診の方が経費も安く、診断も正確ですので乳頭癌を疑っているときに診断の目的では使いません。それでは、どのようなときに濾胞癌を疑うのかといいますと、腫瘍の最大径が3cm以上で内部が均一に充実性のときです。良性であれば最大径が3cm位になれば中心部は壊死に陥って嚢胞を形成していることが多く、そのことは超音波検査ですぐに分かります。超音波断層写真が撮れない部位に転移がある疑いがあるときとは殆どの場合頚部に転移が多く縦隔にも転移が疑われるときです。

頚部の単純撮影による石灰化を見るときには、撮影の条件が非常に重要です。非常に小さい石灰化があるときには癌の可能性が高く、そのような小さい石灰化は高い電圧でX線写真を撮ると写真に写らないからです。卵の殻のような石灰化は濾胞腺腫や腺腫様甲状腺腫のときに見られます。

2.甲状腺癌の診断

乳頭癌の診断

甲状腺の癌で最も多いものは乳頭癌というもので甲状腺癌の約90%を占めていることは先にも述べましたが、この癌は非常にゆっくりと増殖する傾向があります。何年にもわたって大きさが変わらないので癌ではないと考えると大変な間違いをします。子供から90才位の老人まで年齢を問わず発生します。したがって癌は中年以後に発生する疾患と考えると誤診のもとになります。一般的な診断の手順は先に述べた通りですが、治療すなわち手術をする立場からはもう少し詳しい検査をしたほうが手術の方針を決めるのに有利です。腫瘍が周囲の組織に浸潤しているかどうかを見るためにはMRIをします。ときには気管支鏡、食道の内視鏡検査、食道のレントゲン検査なども必要です。

リンパ節への転移が鎖骨の下や胸骨の後にあることが疑われるときには201Tlによるシンチグラムが役立ちます。腫瘍の大きさを正確に測ることは腫瘍と周囲組織との癒着を予測するのに大変役に立ちます。例えば、腫瘍の最大径が1cmより大きく2.5cmよりも小さいときには食道と癒着している例は約8%ですが、2.5cmよりも大きいときには約20%に癒着があります。

甲状腺の後には反回神経という声帯を動かす神経があります。この神経を傷つけると声が嗄れる原因になります。しかし、神経は細いので画像診断の方法では見ることができません。そこで、腫瘍の大きさと反回神経への癒着について調べてみますと腫瘍の最大径が1cmより大きく2.5cmよりも小さいときには反回神経と癒着している例は約15%ですが、2.5cmよりも大きいときには約30%に反回神経との癒着があります。食道に癒着が疑われるときには、X線で食道の造影検査をします。反回神経への癒着が疑われるときには、ファイバースコープで声帯の動きを手術前に調べておくことが重要です。しかし、反回神経に癒着があっても神経を完全に侵していないときには声帯の動きは正常であり、手術により初めて神経に腫瘍がかなり強く浸潤していることが分かることもあります。この事は手術前に本人に話しておくほうが、手術後に誤解を招かないためにも良いと思います。

濾胞癌の診断

濾胞癌は肉眼的には濾胞腺腫とよく似たものが多く手術中でも癌と気付かないことが多いくらいですから手術前に濾胞癌と診断できるものは結果的には15%から20%くらいです。リンパ節転移や肺転移がある場合にはすぐに癌とわかりますが、手術前に肺などへの遠隔転移があるものは2%程度、肉眼的なリンパ節転移があるものは6〜7%位です。したがって、濾胞性腫瘍は癌か腺腫なのかの鑑別は殆ど出来ないと言っても過言ではありません。しかし、腺腫と濾胞癌の頻度を比べると4対1で腺腫が多く、腫瘍が小さい場合には腺腫である確率はさらに高くなります。濾胞癌は肺に転移することが比較的多く3%程度に手術後に肺転移再発が観察されています。その場合最も小さいもので最大径21mmのものがありました。そこで、濾胞癌か濾胞腺腫か鑑別がつかない場合には最大径が20mm以上であれば積極的に手術をすべきものと思われます。

髄様癌の診断

ほかの甲状腺癌と区別するのには細胞診が有効です。細胞診で髄様癌を疑えば血清のカルシトニンや癌胎児抗原(CEA)を測定します。カルシトニンの基礎値が正常でもカルシウムやペンタガストリン負荷試験によつてカルシトニンが異常に増加します。髄様癌には、散発性に発生するものと家族性に発生するものとがあります。散発性のものは腫瘍のある側の甲状腺を切除すれば充分ですが、家族性の場合には甲状腺を一部でも残しておくとそこから再発しますので甲状腺を全部取らなければなりません。そこで、散発性か家族性かを見分けるために遺伝子診断が必要になります。遺伝子診断では本人が髄様癌になる可能性が非常に高い遺伝子を持っているかどうかが分かるだけでなく、血縁者をも調べることにより、同族の中で将来、髄様癌になりやすい者とそうでないものとを見分けて、髄様癌になりやすい者についてはしばしば検査をして早期治療を行うことが出来ます。また、髄様癌になる可能性がないものについては,その後の検査が全く必要ではなくなります。

家族性に発生するものは多発性内分泌腫瘍症2型といわれるもので、RET Proto-oncogeneにgermline mutationがあります。

未分化癌の診断

急に大きくなる腫瘍です。しかし、以前からあった腫瘍が急に大きくなり始める場合と今までに気付かなかったのに急に腫瘍が出来て急に大きくなる場合とがあります。細胞診で細胞の大きさや細胞核の形に著しく異型性の強い細胞が出てきますので診断は容易です。腫瘍の広がりを見るためには核医学的な診断が必要です。また、周囲臓器への腫瘍の広がりを見るためにはMRIや気管支鏡、食道のレントゲン検査なども必要です。

リンパ腫の診断

これも急に大きくなる腫瘍ですが、ときには未分化癌よりもゆっくりと大きくなる場合もあります。未分化癌との鑑別が昔は大変難しいと考えられていましたが、現在では細胞表面の分子に血液系の細胞由来のものに特有なものがありそれを染色することにより確実な診断が可能です。核医学的な方法も用いられますがこれは主に腫瘍の広がりを診断するためです。診断を正確に行い治療方針を決めるためには、腫瘍の一部を手術的に切除して、腫瘍細胞の性質を決定し、その性質にもとづいて適切な治療をする必要があります。

甲状腺の腫瘍か甲状腺以外の腫瘍か

前頚部の腫張があっても必ずしも甲状腺の腫瘍とは限りません。甲状腺と同じように見えるものに甲状腺以外の軟部組織由来の腫瘍、頚部食道憩室などがあります。軟部組織由来の腫瘍では触診で嚥下運動と共に動かない場合が多いこと、超音波検査で甲状腺と区別できることなどが鑑別診断の第一歩となります。超音波検査で実質性であれば穿刺吸引細胞診で細胞を採取し検鏡することで診断できます。頚部食道憩室の場合には腫瘤が柔らかいことがこれを疑う根拠になります。頚部食道造影が確定診断に有効です。甲状腺の腫瘍と間違えて穿刺吸引細胞診をすると、検鏡で糸状菌やグラム陽性球菌などがみとめられます。これらの他に稀ですが他臓器の癌の転移もあります。また、甲状腺の位置ではなく頸部のリンパ節の腫大から甲状腺癌を疑うこともありますが、先ず注意深い問診によって他の臓器癌の転移か甲状腺癌の転移かをある程度見当をつけることも出来ます。この場合も穿刺吸引細胞診が大変有効です。

憩室とは消化管の一部が部分的に膨らんでいるものを言います。回腸の憩室が良く知られていますが食道にも憩室があることがあります。先天性のものが多いと考えられています。

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甲状腺機能異常の診断

バセドウ病の診断

症状がはっきりと現れているバセドウ病の診断は容易です。自覚症状としては運動をすると息ぎれがする、動悸がする、疲れやすい、汗をかきやすい、いらいらする、食欲は旺盛であるが痩せたなどが主なものです。他覚的な症状としては頻脈、甲状腺の腫大、手指の震え、手が暖かく手に汗を握っている、眼がぎらぎらしているなどです。症状は比較的に派手な事が多いので長く誤診されていて、間違った治療を受けていることは比較的に少ないと思います。しかし、甲状腺機能亢進の程度が比較的に軽く、甲状腺腫は小さく痩せるという事だけが前面に出ていて消化器癌を疑われてさんざん無用な検査をされ消化器に異常が無いのでやっと甲状腺機能を測定してバセドウ病の診断で我々のところに紹介される場合もあります。疲れやすいという事だけが前面に出ていると更年期障害と誤診される事もあります。中年以後の男性で不整脈とくに心房細動が前面に出ていて心臓病の検査をたくさん受けた後に初めて正しい診断にたどり着く場合もあります。これらの例に共通している事は甲状腺腫が比較的に小さく、機能亢進の程度が軽いと言う事です。自覚症状,他覚症状で先に述べたものが1つでもあれば、甲状腺機能亢進を疑う根拠になります。この段階でさきに述べたスクリーニング検査を行います。甲状腺腫があり甲状腺機能亢進が認められてもバセドウ病とは言えません。この段階では無痛性甲状腺炎でも同じ結果になります。次にする事は放射性ヨウ素摂取率です。もし、バセドウ病であれば摂取率は30%以上、多くの場合40%以上です。無痛性甲状腺炎の場合には放射性ヨウ素摂取率は20%以下になります。バセドウ病と無痛性甲状腺炎とを鑑別するには放射性ヨウ素摂取率以外にはよい方法はありません。

英語では自覚症状の事をsymptom と言い,他覚症状と診察してはじめて分る症状をsignと呼んで厳格に区別します。Signの方が情報としては確かな事が多いとして重要視される事は言うまでもありません。
アメリカのブッシュ前大統領は心房細動で一週間以上の入院検査を受けた後にバセドウ病と診断されました。アメリカでは平均入院日数は5日以内です。

バセドウ病と甲状腺癌の合併

ボストンの著名な内科医Meansは1937年に「甲状腺機能亢進症は甲状腺癌に対する保険と言っても言い過ぎではない」 Means, IH: The thyroid and its diseases, Philadelphia, Lippincott, 1937, p482 と述べていますが、実際には甲状腺機能亢進症と甲状腺癌とが合併することは稀ではありません。しかし,文献的にはその頻度は0.4%から21.5%と著しい開きがあります。この原因はヨウ素摂取量、甲状腺の切除範囲、どんな患者を手術適応として選択したか、切除甲状腺の病理学的検索の精度などによるとされています。

Zanella E et al: Prevalence of thyroid cancer in hyperthyroid patients treated by surgery. World J Surg 22:475,1998フランスでの多施設調査ではバセドウ病と甲状腺癌の合併率は3.8%であり、cold nodule(放射性ヨウ素を取りこまない甲状腺腫瘤)の15%は癌であったとの報告もあります。従ってバセドウ病でcold noduleを伴う場合にはすべて甲状腺の全摘を行うべきであるとの報告もありますKraimps JL,et al: Multicentre study of thyroid nodules in patients with Graves’ disease. Br J Surg 87: 1111, 2000。ちなみに我々の施設での最近の1808例のバセドウ病手術例の内、癌との合併例は149例(8.2%)であり、その内癌の最大径が1cm以上のものは33例(1.7%)でした。バセドウ病全体の平均年齢は35.3±13.3歳であり、癌を合併した症例の平均年齢は45.0±12.5歳と10歳高齢であり(p < 0.001)、バセドウ病全体の男女比は1:3.5ですが癌を合併した症例では1:7.3と女性に統計的に有意に多く発生していました(p = 0.0044)。

甲状腺機能低下症の診断

甲状腺機能低下症は重症になればMyxedemaという病態になり、さらに進めばMyxedema comaといって意識がなくなり昏睡状態になって適切な治療を適切な時期に行わないと死亡率が60%という危険な状態になりますが、しかしこのような病態は非常に稀であるのでここではMyxedemaと言うほどではない甲状腺機能低下症について診断の手順と誤診の原因などについて述べたいと思います。

症状は非常にじみで、特異性があまりなく、倦怠感、脱力感、寒がり、顔の腫れなどが主訴になることが多く、本人も「歳のせい」だろうと思い医師を受診しないか他の理由で受診したときにちらっともらす程度のことがおおいので、臨床症状から甲状腺機能低下症の診断を下すのは困難です。しかし、その様な微かな訴えと病歴や服用している薬などから甲状腺機能低下症を疑うことは出来ます。先ず甲状腺の疾患に罹った事があれば、どんな甲状腺疾患でも甲状腺機能低下症を疑う根拠になります。甲状腺がびまん性に腫れていれば慢性甲状腺炎のために甲状腺機能低下症になっている事も考えられます。甲状腺の手術、放射性ヨウ素療法、などは言うまでもなくバセドウ病の薬物療法の既往も甲状腺機能低下症を疑う根拠になり得ます。下垂体の疾患はTSH(甲状腺刺激ホルモン)の分泌を障害しますので下垂体疾患の既往はやはり甲状腺機能低下症を起こします。下垂体性の甲状腺機能低下症で最も多いものは下垂体腫瘍で、約50%を占めていると言われています。下垂体性の場合には他の内分泌異常を伴うことが多くその方からの検索で甲状腺機能低下症が見つかることも稀ではありません。シーハン症候群などもその一例です。乳癌、肺癌などが視床下部 ・下垂体領域に転移した場合にも甲状腺機能低下症が起こります。

薬物であるいは化学工業原料となる化合物で甲状腺機能低下症を起こすものは非常に多く知られています。薬物の代表的なものはヨウ素ですが現在では甲状腺機能を抑制する目的以外には無機ヨウ素を服用することはありませんが、ヨウ素を多量に含む薬物、例えばイソジンで頻回にうがいをすると慢性甲状腺炎を持っている場合には甲状腺機能低下症を起こします。リチウムは、普通は鬱病の治療に使われますが甲状腺のヨウ素輸送を阻害するとともに甲状線ホルモンの分泌も阻害します。この場合も慢性甲状腺炎を持っているものに甲状腺機能低下症が起こりやすいと考えられています。

Interferon-αは慢性肝炎や悪性腫瘍の治療に使用されますが、これも10%から20%の患者に様々な自己抗体を作ります。抗サイログロブリン抗体、抗パーオキシダーゼ抗体、抗TSHレセプター抗体なども報告されています。これらの自己抗体はInterferon-αを中止するとしばしば消失するとの事です。またInterferon-αで誘導された自己抗体では甲状腺機能低下症になる場合と甲状腺機能亢進症になる場合と亢進症と低下症とが経過中に入れ替わる二相性の場合も報告されています。

Interferon-αを使用し始める前から甲状腺に自己抗体がある場合には甲状腺機能傷害を起こしやすいと言われています。癌患者の治療のさいにInterleukin-2を使った場合にも自己抗体が誘導されて甲状腺機能低下症、亢進症あるいは亢進症と低下症とが経過中に入れ替わる二相性の場合も報告されています。その他にCarbamazepineと phenytoinの併用でまれに甲状腺機能低下症が発生したとかsulfonylurea、dimercaprol、p-aminosalicylic asid、phenylbutazone、などでも甲状腺機能低下症をおこしたとの報告もあります。

工業原料や環境汚染物質で甲状腺機能低下症を惹起する化合物は非常に多いのですが普通には接触する機会がないのでここでは詳しく述べることはしません。確定診断はTSH(甲状腺刺激ホルモン)を測定して高い値であればそれで充分です。

慢性甲状腺炎の診断

甲状腺が硬くびまん性に腫大していて、甲状腺機能は大部分の症例では正常であるが、低下症の場合もあり、一過性に機能亢進を示す無痛性甲状腺炎の像を示す事もあります。甲状腺の大きさは様々ですが超音波で測定して8g以下の萎縮性慢性甲状腺炎は通常は機能低下症です。甲状腺腫が大きいものは機能は正常であることが多く、甲状腺ホルモン剤によって内因性のTSHを抑制すると甲状腺腫の縮小が見られます。甲状腺に対する自己抗体の存在が多くの場合診断の決め手になります。血中に自己抗体が陰性の場合には穿刺吸引細胞診が診断に有効です。慢性甲状腺炎は他の自己免疫疾患を合併する率が高いと言われています。

亜急性甲状腺炎の診断

典型的な亜急性甲状腺炎は風邪のような上気道感染と発熱を前兆として発生し続いて前頚部の痛みと共に軽度の甲状腺の腫大がみられます。痛みは通常甲状腺の一部から始まり次第に移動します。しかし、前兆が無いか、あるいは気づかない場合もあます。また、痛みの程度も様々です。診断は比較的容易で、甲状腺に痛みはありますが発赤などはなく、赤血球沈降速度の亢進、甲状腺ホルモン値の増加、血中サイログロブリンの上昇、CRP,シアル酸の上昇など炎症に伴う蛋白の増加、放射性ヨウ素摂取率の著しい低下、超音波検査で不整形の低エコー域の存在,甲状腺自己抗体が陰性か抗体価が低い事などで他の痛みを伴う甲状腺疾患と鑑別できます。慢性甲状腺炎でも痛みを伴う事がありますが放射性ヨウ素摂取率の著しい低下はなく,自己抗体価が高く、赤血球沈降速度の亢進、CRP,シアル酸の上昇など炎症に伴う蛋白の増加などが見られません。すでに甲状腺内にあった結節内に出血して頸部に痛みを感じ、血中のサイログロブリンの上昇をみることがありますが超音波検査の所見が全く違うので容易に鑑別できます。

亜急性甲状腺炎はDeQuervain’s Thyroiditisまたは肉芽腫様甲状腺炎と呼ばれる事もあります。原因は不明ですがウイルスが関係しているのではないかという人もいます。

急性化膿性甲状腺炎の診断

食道の入り口に梨状窩と呼ばれている部分があります。先天的に梨状窩から細い瘻孔(管)が伸びて甲状腺を貫いていたり、甲状腺の直ぐ傍を通っていたりします。その管の中に細菌が増殖して炎症を起こした状態を急性化膿性甲状腺炎と呼んでいます。普通は左側にしか起こりません。先天的異常によるものですから小児に多く発生する病気ですが,成人になってから発症する事もあります。急性化膿性炎症ですから、発赤、疼痛、発熱があり白血球の増加その他の炎症反応が見られます。食道の造影で瘻孔の一部を造影することができる場合が多く、出来ない場合でも抗生剤で炎症を沈静させて造影すると造影される事があります。この他に亜急性甲状腺炎との違いは、血中の甲状腺ホルモンの増加は殆どの場合ないこと、放射性ヨウ素摂取率の抑制が無い事などからも鑑別できますが、炎症の様相が著しく違うので一度経験した事があれば鑑別に迷う事は無いと思います。

無痛性甲状腺の診断

慢性甲状腺炎の経過中に、あるいは慢性甲状腺炎の存在に気づいていないときに、動悸、いらいら、体重の減少、全身倦怠感などの甲状腺機能亢進症の症状を表してきます。初期には遊離サイロキシンが上昇していて甲状腺刺激ホルモン(TSH)が低下しています。簡単なスクリーニング検査ではバセドウ病と間違えることがあります。血中サイログロブリンが増加して、甲状腺の放射性ヨウ素摂取率は著しく抑制されています。しかし、痛みを訴えることはありません。

バセドウ病の甲状腺より硬いびまん性の甲状腺を触れることである程度見当がつく事もありますが非常にまぎらわしく、非常に低い放射性ヨウ素摂取率が鑑別の要点になります。

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